TV appearance, NHK Educational, 18 October 2005
Program "Shiten Ronten"
NHK 視点・論点
、2005年10月18日



The Political Situation after the Elections in Germany
メルケル首相とドイツ新政権

ドイツでは、いわゆる「大連立政権」が成立することになりました。二大政党の社民党とキリスト教民主・社会連盟が連立を組むことに合意し、11月中旬までに政権発足の合意文書を交わす方針です。大連立政権は、ドイツ戦後史において、1966年から69年までのキージンガー政権以来、約40年ぶり、2回目のケースです。
9月の総選挙の結果により7年間、政権を握っていた社民党とみどりの党のシュレーダー政権の退陣が決まり、アンゲーラ・メルケル、キリスト教民主連盟の党首が首相の座に就くことが確実となりました。ドイツで初の女性首相、しかもドイツ統一後、初の旧東ドイツ育ちの首相が誕生することになっています。しかし、総選挙で、キリスト教民主連盟は議席数で第一位となりましたが、過半数に届かず、安定した政権を樹立するには、これまで敵対してきた社民党との大連立を組むしか選択がありませんでした。今まで非常手段としてみなされていた大連立の成立の背景にはどのような状況があったのか、そして今後のドイツの行方にはどのような影響をもたらすか、について説明していきたいと思います。

ドイツ国会議席数(総選挙後)

SPD 社民党、Unionキリスト教民主・社会同盟、Grune みどりの党、FDP 自由党、Linke 左派党

9月22日の総選挙で、これまで政権を握っていた社民党とみどりの党の連立も過半数を獲得することが出来ず、野党のキリスト教民主・社会連盟と選挙前から連立の意向を明らかにした自由党を合わせても過半数に、及びませんでした。その主な理由は、最近新しく結成した「左派党」の躍進にありました。
この「左派党」は旧東ドイツの社会統一党の残党も含まれていますが、社民党から離党した社民党元党首のラフォンテーン氏と連合し、総選挙で大きな躍進をみせ、614議席のうち54議席も獲得しました。3年前の選挙の結果に比べてみると、この左派党が今回の選挙で増加した分とほぼ同じぐらい、社民党は減少しました。

ドイツ総選挙における変化(%)


左派党の得票率は4,7%増加しましたが、社民党は4,3%減少しました。
しかし、キリスト教民主・社会連盟の得票率は伸びずに、むしろ社民党と同様に減少しました。選挙前から左派党と連立を組まないことを社民党もキリスト教民主連盟も宣言していたので、大連立以外の政権確立は事実上不可能になりました。選挙前の世論調査から考えてみると、これは意外な結果でした。すなわち、一時的キリスト教民主・社会連盟が単独過半数を取れる状態にもなりました。

Infratest-Dimapの世論調査にみる政党の支持率(1997年11月〜2005年9月)


キリスト教民主・社会連盟の人気は、実際50%の支持率を超えたときもありました。しかし、選挙直前、キリスト教民主・社会連盟と社民党の差が縮小しはじめ、選挙の結果、キリスト教民主・社会連盟と、社民党はほぼ同じ得票率になりました。これまで、各州の選挙においても、惨敗が続いていた社民党ですが、今回の選挙では、とりわけドイツ北部でかなり優位に立ち、州選挙の結果を巻き返すことに成功しました。

ドイツ総選挙の結果 − 地方別


赤い選挙地区は社民党が勝利した地区です。選挙前にはキリスト教民主・社会連盟の圧勝が予測されていましたが、結局、社民党の得票率が下がったとは言え、惨敗は回避しました。
両大政党の得票率は減少しましたが、いわゆる小さな党、つまり自由党と左派党は、それぞれ2,4%と4,7%増加しました。この結果は大政党の統合力が減少している、ということを意味すると同時に、多様化している社会において当然な結果でもあるといえましょう。選挙前に、自由党党首のWesterwelle氏は自分が同性愛者であることを公の場で明らかにしましたが、自由党が議席数を増やすことに成功したことは、そういう意味では象徴的でしょう。いわゆる小さな党の躍進によって、結局、安定した政権を樹立するには、大連立政権しかありませんでした。選挙後の世論調査をみても、今でもドイツ国民の意見は変わらないので、やはり大連立はドイツ国民がこの選挙で望んだものであるといっても良いでしょう。
この連立政権を纏めるには、今後メルケル氏の指導力と調整力が問われています。新内閣には、シュレーダー首相が入閣しないとは言え、内閣内の、社民党との争いは今後避けがたいでしょう。又、キリスト教民主連盟のなかでさえ、メルケル氏が絶対的な存在であるとは言えません。ここ数年間、キリスト教民主・社会連盟の中から彼女の指導力を疑う声が頻繁に出ました。とりわけヘッセン州首相のKoch氏と今後の新内閣の中で一番重要な人物になりそうな、現バイエルン州首相のStoiber氏が指導権争いで声を上げ、メルケル党首に強烈な批判を加えた時期もありました。選挙前は党を纏めるためには、このような声は一時おさまりましたが、予測されていなかったキリスト教民主・社会連盟の得票率の減少は、当然ながらまたメルケル党首の責任にされ、今後メルケル氏を批判する声は社民党よりも、自分の党内から改めて浮上し、メルケル政権の安定性に影響を与える可能性を否定することはできません。
さて、この大連立は今後どのような政策をとるでしょうか?今までの、連邦議会の議論において、社民党とキリスト教民主連盟はかなり敵対してきたとは言え、大政党、国民政党として、その政策要綱には似ているところも少なくありません。新政権の最も重要な課題は間違いなく失業者対策になるでしょう。しかし、国内政治に関して、主に具体的な労働政策、原子力発電所の将来などをめぐって、まだ意見が一致しないところも多く残っています。
しかし、今後、特に激しい議論が予測できるのは、外交です。メルケルが首相の座を確保したとは言え、社民党のSteinmeier氏が外務大臣に就任することは確実で、外交路線をめぐる権限争いは避けがたいでしょう。国連の枠内において、ドイツ連邦軍を海外に派遣することについてなど、両党の意見はほぼ一致しているところもありますが、EU統合の重要度、トルコのEU加入問題、そして米国との関係について、今後の内閣の意見をどう纏めるか、新首相のメルケル氏の調整力が問われることになるでしょう。
戦後ドイツが果たした大きな役割は、フランスと一体となり、EU統合のエンジンとなることでした。メルケル首相誕生によって、フランスとドイツ両国の首脳は保守系とは言え、メルケル新首相はむしろフランスと、ある程度の距離をおくことになる可能性が高いので、戦後ドイツが果たし役割を今後も果し続けられるかについて、疑問に思う人も少なくありません。メルケル首相誕生によって、停滞期に入ったEU統合に、更にブレーキがかかるという懸念があります。今回ドイツ選挙の結果、そしてメルケル政権誕生の結果としてこれが一番大きいな問題ではないかと思われます。